
在日コリアンと地方参政権(日本・韓国)
※本稿では「在日韓国・朝鮮籍者」を韓国・朝鮮籍を持つ日本在住者を指す言葉として用いる。
※本項では「参政権」を、普通選挙における選挙権・被選挙権を指す言葉として用いる。本来参政権はそれら以外にも公務員就任権などが含まれる。
日本での選挙権・被選挙権を持たない在日コリアン
日本では国政・地方ともに選挙権・被選挙権が日本国籍保持者にしか認められていない。
植民地支配を背景として日本に居住する在日コリアンのうち、日本国籍を持たない人々は、戦後60年以上たつ今日まで日本で参政権を行使したことがない。なお「帰化」を経て日本国籍を取得すれば日本での参政権の行使が可能となる。つまり現状においても居住地と国籍の不一致を解消することで参政権の取得を実現することができる。
参政権をめぐっては、歴史的経緯等を考慮し、韓国・朝鮮籍を維持したままでの地方参政権の取得を目指す在日コリアンの運動が展開されている。
地方参政権を求める裁判
▽89年ヒッグス=アラン氏の提訴
1989年11月の大阪在住のイギリス国籍の永住者であるヒッグス=アラン氏が、在日外国人が選挙に投票も立候補もできないのは憲法14条に違反するとして提訴した。続けて彼は1991年4月の統一地方選で投票できなかったことでも提訴をしている。
ヒッグス=アラン氏の提訴は北欧諸国の動きに刺激を受けた納税者としての権利行使という内容を持ったものであった。在日コリアンの運動はこうした動きや新たな論理に刺激を受けながら、在日コリアンの歴史的経緯を踏まえた特殊性をあわせて主張するようになった。
▽90年以降
在日コリアンの提訴としては、1990年11月に金正圭氏ら11人が大阪地裁に名簿不掲載提訴を行い、引き続いて李鎭哲氏らが福井地裁に提訴、1993年には李英和氏ら参院選に立候補できないことを大阪地裁に提訴、1995年には大阪地裁において「大阪100人訴訟」で参政権が認められるよう立法措置を講じないのは違憲であるとした集団訴訟を起した。
許容説に立った最高裁判決(1995年2月28日)
1990年11月金正圭氏ら11人の大阪地裁提訴は1995年2月28日に最高裁判決が下された。
判決の趣旨は以下の通りである
① 国民主権の「国民」は「日本国籍を有する者」であり、憲法15条1項の規定は権利の性質上「日本国民」のみを対象とする。
② 憲法93条2項の「住民」は憲法15条の趣旨と地方は国の統治機構の不可欠の要素であることをも併せ考えると「日本国民」を意味する。
③ 憲法第八章の地方自治の規定は民主主義社会における地方自治の重要性にかんがみ(略)在留外国人の永住者等で、その居住区域の地方公共団体と特段に緊密な関係をもったと認められるものについて、その意見を公共的事務の処理に反映させるべく、地方公共団体の長・議員の選挙権を付与することは憲法上禁止されていないと解される。その措置を講ずるか否かは立法政策にかかわる事柄である。
すなわち、判決は原告側の敗訴(上告棄却)だったが、一方で「永住外国人らに地方選挙権を認める立法措置を講じても憲法上禁止されない」と憲法上「許容」説を認める判決内容が非常に注目された。
地方議会の意見書
1993年には大阪府岸和田市議会において「定住外国人に対する地方参政権を含む人権保障に関する要望決議」が可決され、これを契機に定住外国人の参政権を認めるという決議や意見書が全国各地の自治体で拡大することとなった。地方参政権付与に賛同する意見書を採択した自治体は2007年9月1日現在、1882全自治体中971であり、採択率は約52%に達している。意見書の法的根拠は地方自治法99条2項「議会は当該普通地方公共団体の公益に関する事件につき意見書を関係行政庁に提出することができる」にあり、地方自治体の意見として正式に表明されたものである。また、市町村合併等を契機に永住外国人に「住民投票権」を付与する条例を制定した自治体も201にのぼる。
主要政党の参政権法案
新党さきがけ島根が1994年11月12日、外国人の参政権の「法案要綱」を発表した。その内容は①選挙権、被選挙権ともに認める②在留5年以上の全外国人とし、特色としては別途法律を定めることなく、公職選挙法と地方自治法のなかの「日本国民」とあるのを「住民」とする一部改正のみで可能であるとしている点であった。
1995年の最高裁判決(上述)を受けて1998年10月に民主・平和改革が、永住外国人に対して地方選挙権付与法案を、同年12月には日本共産党が永住外国人等に対し地方選挙権のみならず被選挙権付与を含めた法案を国会に提出した。2000年1月21日には公明・自由両党より選挙権付与のみ付与、さらに附則として「当分の間、外国人登録の記載が国名によりされているもの」のみとし、「朝鮮籍」と「無国籍」を除外する法案を提出している。
いずれも法案の名称は「永住外国人に対する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権(及び被選挙権-※日本共産党案のみ)等の付与に関する法律」案となっている。対象者は永住者及び特別永住者で、申請した者のみ付与するという「申請主義」を取っている。
2000年の通常国会でこれらの法案は審議されたが自民党から慎重意見が出され、審議が遅々として進まず時間切れで衆議院が解散し(6月2日)廃案となった。
解散選挙後の2000年7月5日の国会にて公明・保守両党が附則を撤回し、再度法案提出、民主党も前回の法案と同内容にて提出している。しかしながら、2003年のマニフェスト(年金)国会解散で両案ともに廃案、2004年には公明党のみ提出以降、2005年の郵政解散後の国会でも公明党のみ法案を提出し、2007年末の168回臨時会においても継続審議中であったが、反対意見が多く存在し、法案成立には至っていない。
なお、公明党は法案内容を2005年6月に韓国にて外国人永住者に地方選挙権を付与する法律が制定されたことを踏まえ、相互主義の原則に基づいて付与対象者を「当分の間この法律により付与される地方選挙権と同等と認められる地方選挙権を日本国民に付与している国の国籍を有する永住外国人に限る」と修正している。
参政権法案に反対して浮上した国籍取得法案
一方こうした参政権法案の国会提出の過程で、2001年4月法案に否定的な立場を取る自民党から「特別永住者等の国籍取得の特例に関する法案」が浮上した。2000年に相次いで提出された外国人参政権付与法案への危機感が背景にあり、安倍晋三幹事長代理(当時)は「参政権付与は憲法違反との考え方が多数だ」と発言している。法案の特徴は対象者を特別永住者に限定し、①法務大臣への届出により日本の国籍を取得することができる②日本の国籍を取得した者は、漢字の表記による従前の氏又は名を称する場合には、その漢字(日本文字であるものに限る)を用いることができる-としている。地方参政権を要求する在日コリアンの多くを占める特別永住者に限って簡単に日本国籍を取得させることで、外国人への参政権付与を避けるため考え出された法案であるが、この簡易帰化制度に対しても自民党内では慎重な立場から反対意見が出された。参政権法案が廃案されたこともあり、この法案は提出にされなかった。
在日コリアンの団体の主張
地方参政権獲得の要求に関する主張は在日コリアンが日本社会においてどのような立場をとり、どのように関わるのかという自らのアイデンティティと深く関わっている。
在日コリアンを代表する団体には大きく二つの団体、在日本大韓民国民団と在日本朝鮮人総連合会があるが、地方参政権の取得に関して異なる主張をしている。
<在日本大韓民国民団(民団)>
民団/参政権運動
<在日本朝鮮人総連合会(総連)>
声明「日本国会に提出された『地方参政権法案』の即時撤回を要求する」
諸外国の場合
最初に外国人に参政権を認めたのは北欧五カ国(スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイスランド、デンマーク)であり、1950年代から相互主義によって、10年以上居住する外国人にはその国の参政権を認めることとした。1973年には北欧協議会の地方参政権を与える決議を受けて各国が取り組むこととなった。
韓国の場合
韓国では1998年10月、金大中大統領が日本政府に外国人の地方参政権開放を要望するとともに、韓国でも定住外国人に地方参政権を付与する方針を表明した。2001年の法案は成立しなかったが、盧武鉉大統領政権時に地方自治体の「住民投票法」が制定され(2004年1月公布)永住外国人に住民投票の請求権および投票権がともに認められた。2005年6月には永住外国人の地方選挙権を認める法改正がなされた。
参考文献・サイト:
(書籍) 歴史教科書 在日コリアンの歴史作成委員会編 『歴史教科書 在日コリアンの歴史』明石書店
田中宏/共編 金敬得/共編 『日・韓「共生社会」の展望 韓国で実現した外国人地方参政権』新幹社
河原祐馬 植村和秀編『外国人参政権問題の国際比較』昭和堂
仲原良二『知っていますか?在日外国人と参政権一問一答』解放出版社
(サイト)
東亜日報HP、韓国憲法裁判所HP、公明党HP、民団HP、総連HP