在日コリアン青年連合(KEY)

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協和会

 

概要

 協和会とは、戦時下の日本で、特高警察を中核にしてつくられた、在日朝鮮人統制組織のことである。日本国内での戦時体制の確立と深刻な労働力不足に起因した朝鮮人労働動員の必要を背景として組織され、戦時下の在日朝鮮人の治安対策と日本人化(=皇民化)を目的としていた。 
(樋口雄一『日本の朝鮮・韓国人』p102-103) 
 ※協和会会員証(協和会手帳)については、キーワード協和会会員証(協和会手帳)および【写真資料】協和会会員証(協和会手帳)をご参照ください。 

 

 

戦前日本政府の在日朝鮮人政策

 戦前の日本政府の在日朝鮮人政策で一貫していたのは、警察が在日朝鮮人の管理・処遇を行ってきた点であった。 
 在日朝鮮人管理の基本となったのは、1910年の内務省警保局長名通牒「朝鮮人戸口職業別人員表の件」、1911年の内務省警保局長名通牒「朝鮮人名簿調整の件」である。* 
 *これによって朝鮮人の名簿が警察署でつくられ、一部は上級機関に提出された。また警察が朝鮮人の言動を視察、「排日思想包持」人物の有無を調査、朝鮮人の移動先を速報することとなっていた。 
 上の2通牒以降、職業・人数・居留地確認などの事務は警察が窓口となり、市町村役場では朝鮮人の名簿・戸籍を扱うことはなかったという。そのため1940年の創氏改名も役場では受け付けず警察署が窓口になったのだった。 
 日本人のように市町村が在日朝鮮人の行政の窓口となるのは、朝鮮人の徴兵実施が必要となった1943年、徴兵の必要性から寄留簿をつくったのがはじめてであった。 
 (『日本の朝鮮・韓国人』p102-103) 

 

 

協和会前史

○相愛会 
 1921年に朝鮮総督府官僚・赤池濃らの指導によって、内鮮融和を掲げる朴春琴らを中心とした相愛会がつくられている。この団体は労働ブローカー的役割を果たしていたが、当時の朝鮮人に支持されなかったという。また政府が予算をつけた政策的な朝鮮人対策でもなかった。 
 (同p104) 

○関東大震災後の「内鮮協和会」 
 1923年9月の関東大震災発生後、数千人の朝鮮人が虐殺された。 
 このことは第一に、事件が植民地朝鮮内に知れ渡ると3.1運動のような運動が起こる可能性があり、総督府官僚を恐れさせた。第二に、事件が国際社会から非難されることを政府としても恐れた。 
 そのため総督斎藤実は東京で政府と協議、大阪知事や民間の有力者に「朝鮮人の保護」を依頼した。 
 そして1924年5月、大阪府内鮮協和会が設立される。以後、1925年2月に神奈川県内鮮協会、1925年10月、兵庫県内鮮協会設立が続いた。 
 大阪・神奈川・兵庫は共通して朝鮮人労働者が多く住んでおり、同地域では当時住宅紛争や賃金闘争が増加し、官民双方が新しい対応に迫られていた。そのためこれら組織には警察幹部も役員に入り、民間有力者も参加している。大阪では「朝鮮人の共同宿泊所・職業紹介所・夜学校・診療所」設定がうたわれていた。 
 しかしやがて組織は名目的になってしまい活動ができなくなった。 
 樋口雄一氏は、①政府の財政的支援がなかったこと、②当時顕著に増加していた在日朝鮮人じしんが自らの親睦会・労働組合を組織し自ら生活問題の解決を図ろうとしたこと、③「内鮮融和」政策すら批判する日本人社会の蔑視感*、を理由にあげている。 
 (-p105)

 *「神奈川県内鮮協会が朝鮮人の宿泊施設をつくろうとしたときには、地域日本人住民がこぞって反対したため設置場所を移動し、さらに県が説得してやっと施設ができたのである。」(p105)



○日中戦争と在日朝鮮人対策 
 在日朝鮮人を政策的に一つの大きな力量をもつ社会集団として政府は位置づけざるをえなくなった。また1931年以降、中国侵略戦争を行うにあたっての「銃後の」社会統合も必要であった。 
 1934年10月に政府は「朝鮮人移住対策の件」〔資料参照〕を閣議決定した。その要旨は、朝鮮人の満州移住を促進し、日本渡航を減少させるなどである。 
 在日朝鮮人対策はその第4項にあり、次の3つがその内容である。 

  • ①「朝鮮人保護団体」の統一強化

  • ②「朝鮮人密集地帯」の保安・衛生など生活改善

  • ③朝鮮人の指導強化、「内地」に同化させる

 「まとめていえば、朝鮮人組織の統合を図り治安対策のため居住地対策を行い、朝鮮人の同化=日本人化を基本方針とすることを決定したのである。」(p106)


 閣議決定「朝鮮人移住対策の件」を活かすため、朝鮮人が最も多く住んだ大阪で、1934年4月「大阪府内鮮融和事業調査会」がつくられている。警察幹部を中心に、市役所・検事・協和会幹部・有力者などで構成された。「優良団体は積極的助成」「不良団体に対しては警察取締りを厳重にする」などが総会で決議され、実際に大阪府警は朝鮮人団体解散・統合させている。 
 大阪府内鮮融和事業調査会が決定・実践したことは、①警察による朝鮮人の直接管理方式、②集住地区住民の隣組的組織(矯風会)への組織化、③子供たちへの日本人化教育方針の確立*、などであった。

 *③の例を挙げれば、朝鮮人のみでの特別学級を作らせないことや、一学級の朝鮮人生徒数の割合を制限し40%未満にする、修身・国史・国語の授業に重点、など。

参考文献
樋口雄一『日本の朝鮮・韓国人』同成社