
韓国の在外国政選挙と在日コリアン
2012年4月にスタートした在外選挙制度
2012年4月の国会議員選挙から、韓国の在外選挙制度がスタートした。満19歳以上の在日コリアンで、有効な韓国のパスポートを持っている人は、韓国の国政選挙に投票できるようになった。
在日コリアンは1910年の韓国併合によって日本国籍を押し付けられ、1952年のサンフランシスコ講和条約発効時にその国籍を奪われた。南北朝鮮両国によっても十全な国民としての権利を認められたとは言いがたい在日コリアンの大多数にとって、2012年の選挙は初の参政権行使と言ってよい。
国会議員の被選挙権についての在外選挙は認められていた
国会議員の被選挙権については在日コリアンにも在外選挙が認められていた。
国会議員の被選挙権について定める、公職選挙法第16条第2項では、25歳以上の国民は国会議員の被選挙権があるとして、住民登録を要件としていない。そのため在日コリアンを含む在外コリアンでもその要件を満たしている。
なお大統領選挙の被選挙権は在外コリアンには認められていない。公職選挙法第16条第1項で、選挙日現在で5年以上国内に居住している40歳以上の国民とされ、住民登録が必要とされるからだ。
韓国在外選挙実現の経緯
○1967年から71年までは実施されていた国外不在者投票
1967年にから71年までに国外不在者投票として実施された。これは当時の朴正煕政権が米国に協力してベトナム戦争に参戦していた際、自らの権力を固めるため、派兵した軍隊に投票権を与えようとして始まったものとされる。
1972年、朴正煕は維新クーデターによって、自らを大統領に選出するための統一主体国民会議をつくり、国外不在者投票制度は廃止された。
2012年4月の在外選挙は40年ぶりの在外選挙となった。
○選挙権はあっても選挙人名簿がつくられない在外コリアン
韓国の公職選挙法第15条には選挙権があるのは「19歳以上の国民」とされている。在外国民に選挙権がないと明記されているわけではなかった。
ただし同法第37条(名簿作成)において「住民登録がなされている者」について選挙人名簿を作成するとされている。これを根拠として、住民登録がない在外コリアンは実際に投票ができなかった。
第15条第1項(選挙権)
19歳以上の国民は、大統領及び国会議員の選挙権がある。第2項19歳以上の国民として第37条第1項の選挙人名簿作成基準日現在で当該地方自治団体の管轄区域内に住民登録されている者は、その区域で選挙する地方議会議員及び地方自治団体の長の選挙権がある。第3項選挙日現在で継続して60日以上(公務で外国に派遣されて選挙日前60日の後に帰国した者は、選挙人名簿作成基準日から継続して選挙日まで)当該地方自治団体の管轄区域内に住民登録されている住民で25歳以上の国民は、その地方議会議員及び地方自治団体の長の被選挙権がある。
第37条 第1項(名簿作成)
選挙を実施するとき、そのときごとに区・市・邑・面の長及び大統領選挙では選挙日前28日、 地方自治団体の長及び国会議員選挙では選挙日前22日、 地方議会議員選挙では選挙日前19日(以下、選挙人名簿作成基準日という)現在でその管轄区域内に住民登録されている選挙権者を投票区別に調査し、選挙人名簿作成基準日から5日以内(選挙人名簿作成期間)に選挙人名簿を作成しなければならない。
○永住権・永住資格の放棄が前提となる住民登録
韓国での住民登録法によれば、韓国内に住所を定め自治体に申請すれば住民登録が可能である。したがって、在日コリアンを含む在外コリアンは韓国国籍を有していれば、韓国国外で出生した者であっても住民登録は不可能ではない。
ところが住民登録を行うには、外国での永住権・永住資格を放棄することが求められている[*1]。そのため在日コリアンにとって、住民登録を行うことは非常に困難な選択である[*2]。
*1
住民登録法第6条(対象者)
① 長・郡守又は区庁長は、30日以上居住する目的でその管轄区域内に住所又は居所(以下、居住地という)を有する者(以下、住民という)を登録しなければならない。ただし、外国人に対してはこの限りでない。②営内に寄居する軍人に対しては、その者が属する世帯の居住地において本人又はその世帯主の申告により登録しなければならない。③海外移住者は、海外移住を放棄した後でなければ登録することができない。
*2
日本の永住資格を放棄して住民登録をすれば、この韓国社会でより円滑な生活を営むことができるでしょうが、たとえば後に配偶者と離婚、死別したりする場合、生まれ育った故郷、実家のある日本に戻ることもあるかも知れません。そうした場合を考慮するならば、私たちは、日本国籍を持たないからこそ永住資格を放棄することはできません。これは一般的に国際結婚をした外国人が国籍を変えないことと同じ理由だと思います。(金華子、30代)
(趙慶喜「在韓在日朝鮮人の現在」『インパクション』2012年6月号)
在外国民による違憲訴訟
▼1997年 在日コリアンによる憲法訴願(違憲訴訟)
この公職選挙法の規定によって在外国民の選挙権が侵害されているとして、1997年に在日コリアン2世の李健雨氏他9名が、韓国の憲法裁判所に訴訟を起こした。
1999年に出された判決は原告敗訴であった。判決では韓国は北朝鮮の住民や朝鮮総連系の在日同胞についても韓国国民として認めるが、すべての在外国民に選挙権を認めると、かれらも選挙権が行使可能になるなど国側の主張を受け入れ、在外国民への選挙権付与を否定した。
▼2004年 日本・米国・カナダの在外コリアンによる憲法訴願(違憲訴訟)
李健雨氏ら在日コリアンは2004年に再び憲法訴願を提起した。李氏らの活動により、翌年には米国・カナダ在住のコリアンによっても同様の訴訟が起こされた。
▼2007年、韓国憲法裁判所の違憲判決
2007年6月28日、憲法裁判所は一転して99年判決を変更する決定を下した。公職選挙法第37条第1項(名簿作成)・38条第1項(国内居住者のみ不在者申告可能)が、在外国民(国外居住者)の選挙権および平等権を侵害し、普通選挙の原則にも反することから違憲であるという判決であった。
ただし判決は、在外国民は韓国の旅券等を所持しており、北朝鮮住民や朝鮮総連系の在日同胞との区別が可能としており、選挙権行使を旅券所持者に制限しうる余地を残している。
同判決を受け、2009年2月12日に公職選挙法が改正され、2012年4月の第19代国会議員総選挙で40年ぶりとなる在外選挙制度が実施された。
※2017年の公職選挙法改正案の成立
公職選挙法では、任期満了ではない早期の大統領選挙における在外国民の投票は、2018年1月1日以降に導入するという附則があった。第18代・朴槿恵大統領の弾劾が決定して早期選挙が行われた際に在外国民は投票できないのは問題であるとして、野党および無所属議員63名がこの附則を削除する改正案を提出、2017年3月2日、国会で可決・成立した。またこの改正では、在外選挙管理業務を行う機関を、これまでの大使館、総領事館、領事館などの公館に加えて領事事務所もできることになり、台湾など大使館がない地域でも、在外国民投票ができるようになった。
*参考文献・サイト
大韓民国在外選挙中央選挙管理委員会サイト
李健雨他著『“私たちも大韓民国の国民です”――在日国民の祖国参政権運動きのう、今日そして明日』在日国民の祖国参政権のための市民連帯
白井京「韓国の公職選挙法改正――在外国民への選挙権付与」(国会図書館「外国の立法241」)
在日コリアン青年連合(KEY)「韓国在外国民選挙がわかる!ページ」『Kmagazine』27号
趙慶喜「在韓在日朝鮮人の現在」『インパクション』(インパクト出版会)2012年6月号、152頁
韓国大統領選2017サイト
ほか新聞記事