
差別の事例
このページでは実際に起きた、在日コリアンへの様々な差別事例について紹介しています。出版物やインターネットなどメディアで記録・報道されている事例だけでなく、それらメディアにはなかなか取り上げられない、当事者の証言や記憶による差別事例も紹介しています。
就職にまつわる差別
在日コリアンの就業を忌避する企業は減少しているといわれるが未だ存在し、在日コリアンにとって職業選択の自由は十分に保障されていない。雇用の入り口となる採用段階だけでなく、採用後も企業内における昇進や使用する名前を制限される事例が報告されている。そのため、高校や大学では民族名を使用している在日コリアンでも、アルバイトや就職活動となると、不採用を恐れて日本名で履歴書を出すケースが後を絶たない。
具体ケース: 日立就職差別裁判
1951年愛知県生まれの朴鐘碩(パク・チョンソク)さんが、1970年に日立ソフトウェア工場の従業員募集を新聞広告で閲覧し応募した。履歴書の「氏名」欄には通名の「新井鐘司」、「本籍地」欄には出生地である「愛知県」を記入していた。後日、採用通知を受け取るが、戸籍謄本が取れないことを電話で話すと同時に朴さんが在日コリアンであることが日立側に発覚し、「一般外国人を雇わない」方針であり、「最初から本当のことを書いていたらこんなことにはならなかった」「迷惑したのはこっちの方だ」として朴さんを解雇する。周囲の支援運動により裁判を起こした朴さんは、1974年に全面勝訴し、1970年付けでの日立へ入社と未払い賃金及び慰謝料の全額支払いが認められた。
判決では在日コリアンの歴史や就職差別状況などについても触れられ、日本の企業が在日コリアンを外国人であるという理由だけで不採用とすることの不当性と本人が通名を名乗り本籍を隠した事情を認め、朴さんに対する解雇を「民族差別」による「就職差別」であると認めた。またこの裁判闘争は、在日コリアンにとっては、日本の企業に在日コリアンは入れないというこれまでのあきらめを揺り動かし、その後の流れを作った。
具体ケース: 雇用側からの日本名使用強要
民族名で内定をもらったとしても、その後日本名の使用を勧められる事例がある。これらは職場内での摩擦を避けるための「善意」や「配慮」として行われる場合も多い。
1978年、朴秋子(パク・チュジャ)さんが大阪府高槻市にある府立盲老人ホーム『槻ノ木荘』の寮母募集に本名で応募したのに対し、「収容しているのが老人で古い考えの人が多いので何か問題が起こらないか心配だ」「ご主人が日本人なのになぜ日本名を名乗らないのですか?」と採用側が言い、これに抗議したが所長・財団は話し合いを拒否した。
結婚にまつわる差別
韓国・朝鮮籍者の婚姻数のうち相手が日本国籍保持者である割合は80年代初頭には5割以上となり、85年には7割を、89年には8割を超えるようになっていた。厚生労働省発表の2007年度版「日本における人口動態―外国人を含む人口動態統計」の概況によると、2006年の韓国・朝鮮籍の女性の婚姻件数の86.4%が日本国籍男性との婚姻で、韓国・朝鮮籍の男性の場合は70%が日本国籍女性との婚姻であった(※1)。
このような日本人との国際結婚にまつわる差別は後を絶たない。両親や親戚から結婚自体を認められないこともあれば、結婚と同時に韓国・朝鮮籍から日本国籍への変更を条件として求められるケースも多い。「生まれてくる子どもの将来を考えて」或いは「今後の日本社会での自身の生活を考えて」などの理由から結婚時に帰化する人は多い。
また、帰化等により日本国籍を持ち日本名を名乗っていても、在日コリアンと姻戚関係にあることで親族が家柄を低く見られる、結婚を断られるなどの理由をつけて反対される例もある。
(1)これら日本国籍保持者の中には、統計には表れることのない日本籍の在日コリアンも含まれる。そのため上の数字中には在日コリアン同士の婚姻者が含まれることに注意が必要だ。なお、上の韓国・朝鮮籍の中には、戦前から日本に在住しているコリアンから80年代以降渡日したいわゆるニューカマーまで含まれる。
具体ケース: 朴実さんの例
1944年に京都市東九条で在日2世として生まれた朴実(パク・シル)さんは、日本人女性と結婚する際に義父から「帰化」を求められている。
◇講演「民族名で生きるとは」より抜粋(2004年5月12日多民族共生人権教育センターでの講演よりhttp://www.taminzoku.com/news/kouen/kou0407_paku.html)
「私が自分で朝鮮人ということを意識したのは、日本人との結婚問題でした。相手の女性が日本人で、その両親や親戚、兄弟が猛烈に反対しました。娘が朝鮮人と結婚したら自分たちは田舎では生きていけないと、そういって母親は娘に抗議する為にガス自殺まで企てました。その時に義父が私に、「『帰化』をしてくれないか」と言いました。そう言われた時に「なぜ朝鮮人のままだったらいけないのか」とふと思ったんです。「なぜ、僕の何が悪いのか、国籍が違うということはそんなに悪いことか」と思いました。でも、とりあえず「帰化」するために京都の法務局へ行きました。」
1971年に「帰化」により日本国籍を取得した朴実さんは、後にこれを不服に思い、二度にわたる申し立てを経て、「帰化」する際に強いられた「日本的氏名」から民族名を取りもどすことに成功した。(「帰化後も民族名を使用する動き1.朴実氏の場合」)
入居差別
住宅金融公庫の融資や公共住宅への入居において、法的には国籍条項がないにも関わらず、内規である賃貸入居者募集規定で国籍を要件としたり、「国民大衆」を対象にするという表現を用いたりすることで、戦後長らく外国人は排除されていた。1979年に日本が国際人権規約を批准したことに伴い、建設省は「公的住宅の賃貸における外国人の取り扱いについて」などによって永住者等については原則として日本人に準じて取り扱うようにという通達を出したが、入居資格に国籍を要件とするという根拠の明らかでない差別が公的機関によって容認されていた。
在日コリアン集住地域である大阪市生野区でも、80年頃まで「外人不可」、「住民票要」という貼り紙や看板を出していた不動産業者は多数あった。抗議運動の結果、行政の指導が行われ明らかな差別的看板はなくなったが、現在も入居差別自体はなくなっていない実態がある。また、大阪府では入居申込書に本籍地・国籍欄等を設けその記載を求めることは人権問題につながるおそれのある行為であるとし、宅地建物取引業者や貸主に対して本籍地・国籍欄のない入居申込書を策定・使用し人権に配慮した業務を行なうよう指導しているが、依然として本籍地・国籍欄のある申込用紙が使用されている実態がある。
具体ケース: 裵健一さん入居差別裁判
1989年1月16日、裵健一(ペ・コニル)さんは賃貸マンションの契約を家主の代理人であるキンキホームと契約したが、家主は裵さんが日本国籍を持っていないことを理由に入居を拒否した。日本国憲法及び国際人権規約の掲げる内外人平等に違反するがゆえの不法行為であるとして、裵さんが家主・業者・大阪府に対し損害賠償を請求し入居拒否について抗議すると、家主も仲介業者もお互いに責任転嫁した。それまで戦前から続く入居差別を告発する裁判が無かった原因の一つに、明確に「朝鮮人お断り」と書いて拒否するのではなく、相手が朝鮮人と分かると満室であると言って断ったりするのが常であり、立証が難しかったということがある。1989年6月18日、大阪地裁にて「大阪府や業者については賠償責任がない」との判決が出されたが、家主に対しては「原告が在日韓国人であることを理由に契約を拒否した」として、初めて入居拒否が民族差別であり不法行為であると認定された。
具体ケース: 康由美弁護士入居差別裁判
2006年1月、在日コリアン2世の康由美(カン・ユミ)弁護士がある物件への入居を外国人であるという理由で拒否されたことについて、家主と大阪市を相手取って裁判を起こした。特に、こうした外国人差別を放置し続けてきた大阪市の行政責任が大きな争点となっており、この裁判の支援を通じて、大阪市に対して入居差別を禁止するための実効的な施策の実現を求めること、大阪市における外国人の人権を保障するための制度を実現していくことを要求した。
家主が和解金を支払うとともに差別を認め謝罪することで、原告との和解が成立した(2007年3月13日)。しかし、大阪市に対する訴えは地裁判決で認められず(2007年12月18日)、大阪高等裁判所で行われた控訴審で控訴が棄却された(2008年7月29日)。ただし、判決の中で大阪市が立法措置をとることについて十分検討されるべきであるとの旨が述べられた。
ことばによる差別
◇差別発言・用語
「チョーセン」・「チョン」・「チョン公」・「半島人」などといった朝鮮人を表す侮蔑的な呼称や、「朝鮮帰れ」「キムチ臭い」などといった在日コリアンとして生きていくことを否定するような発言は後を絶たない。
◇公職者による差別発言
国会議員や自治体首長など公職者による差別発言も後を絶たない。これら公職者の差別発言は、日本が95年に批准した人種差別撤廃条約(あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約)の第4条c項の「国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと」という義務に反するという有力な批判がNGOや市民からなされている。
石原都知事の「三国人」発言
2000年4月9日、陸上自衛隊の記念式典で石原慎太郎・東京都知事が、「東京では、不法入国した三国人、外国人が凶悪な犯罪を繰り返している。大きな騒じょう事件すら想定される。警察の力には限りがあるので、自衛隊も、治安の維持も目的として遂行してもらいたい」などと発言した。
「三国人」の用語は、1946年夏の帝国議会内において、「敗戦国民でも戦勝国民でもない」という認識に基づいて「第三国人」という呼称が使用されるようになり、報道機関等でもそのまま用いられることとなった。当時、「三国人」という用語は「不法行為」「闇市」「取締り」などのことばと併用されることが多く、従前からの差別意識と結びつきながら、特に在日朝鮮人、台湾人を指して使用されていたという経緯がある。
この発言を巡って、各方面から批判・抗議の声が寄せられ、石原都知事は「在日韓国・朝鮮人をはじめとする一般の外国人の皆さんの心を不用意に傷つけることになったのは、不本意であり、極めて遺憾」との弁明を行なったものの、発言そのものの撤回はなかった。
この発言については国連人種差別撤廃委員会でも取り上げられ、「事態を防止するために適切な措置をとり」、「人種差別につながる偏見と戦うとの観点から、特に公務員、法執行官、及び行政官に対し、適切な訓練を施す」よう求める勧告が日本政府に対してなされた。
◇インターネット上での差別発言
匿名性の高いウェブサイト上では、近年直接的な表現を用いて在日コリアンを中傷する書き込みが目立つようになった。
特に2002年9月17日の日朝首脳会談時に、朝鮮民主主義人民共和国が公式に拉致問題を認め謝罪したことがマスコミで報じられるようになってから北朝鮮を敵視する風潮が日本社会全体に広がり、同時にインターネット上には在日コリアンに対する差別発言が噴出した。そのため当時在日コリアンの個人・団体が運営していたインターネット上での掲示板などには「朝鮮に帰れ」などの差別書き込みが殺到し、無数のサイトが閉鎖を余儀なくされた。
その後も、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)や個人ブログ、ツイッターなど新しいインターネットツールの利用が広がる中で、在日コリアンに対する誹謗中傷は継続している。日本では差別禁止法が制定されていないため、これらインターネット上の差別はいっさい規制されることなく深刻な人権問題となっているといえる。
人種差別撤廃条約
人種差別撤廃条約は正式には「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」といい、1965年に国連で採択され、69年に発効、日本は95年に批准している(条約全文(英語と日本語訳)は資料室へ)。
同条約は締約国に人種差別撤廃の義務を課すものであるが、人種差別を法律で処罰すべき犯罪であることを宣言するよう求める第4条(a)項と、人種差別を禁止する立法措置を求める同(b)項の批准を、日本政府は留保したままだ。
しかし「国又は地方の公の当局又は機関」が人種差別を助長・扇動することを認めないよう求める第4条(c)項は批准している。2000年の石原知事「三国人発言」は同c項に反するという勧告を、国連人種差別撤廃委員会がまとめ、日本政府に提出している。
石原都知事「三国人発言」に関する人種差別撤廃委員会の勧告抜粋
「13.委員会は、高官(※)による差別的発言及び、特に、本条約第4条(c)に違反する結果として当局がとる行政的又は法的措置の欠如や、またそのような行為が人種差別を助長し扇動する意図を有している場合にのみ処罰可能であるとする解釈に、懸念を持って留意する。締約国に対し、将来かかる事態を防止するために適切な措置をとり、また本条約第7条に従い、人種差別につながる偏見と戦うとの観点から、特に公務員、法執行官、及び行政官に対し、適切な訓練を施すよう要求する。」
外務省仮訳 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/saishu.html)
(※)「高官」の原文は「high-level public officials」。「高官による差別的発言」が石原知事の「三国人発言」のことを指す。
第4条(人種的優越又は憎悪に基づく思想の流布、人種差別の扇動等の処罰義務)
締約国は、一の人種の優越性若しくは一の皮膚の色若しくは種族的出身の人の集団の優越性の思想若しくは理論に基づくあらゆる宣伝及び団体又は人種的憎悪及び人種差別(形態のいかんを問わない。)を正当化し若しくは助長することを企てるあらゆる宣伝及び団体を非難し、また、このような差別のあらゆる扇動又は行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束する。このため、締約国は、世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って、特に次のことを行う。
(a)人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も、法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること。
(b)人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし、このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること。
(c)国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと。