在日コリアン青年連合(KEY)

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在日コリアンにとっての名前

2つの名前‐民族名と日本名

 在日コリアンの多くは民族名のほかに日本名(通名)を持ち(※1)、日常生活において日本名を名乗っている者が多い。たとえば姜尚中(政治学・政治思想史研究者)氏の場合、1950年に熊本で生まれた時から「永野鉄男」(ながの・てつお)という日本名を通名としてきた。彼が「姜尚中」(かん・さんじゅん)という民族名を名乗り始めたのは、早稲田大学在学時に韓国文化研究会という在日コリアンのサークルに入り、韓国の親族を訪問した後の、22歳のときからであった。

 

(1)一般的には「本名=民族名」、「通称名=日本名」と捉えられているが、「帰化」した在日コリアンや日本人との国際結婚で生まれたダブルなどで日本国籍を持つ者の場合、戸籍上の記載名が民族名ではなく日本名であることも多く、また民族名を持つ機会を持たない在日コリアンも少なくない。なお、戸籍や外国人登録や住民基本台帳などの記載名が本名であるとは限らない。自分の本名が何であるかは、その人によって多様な捉え方がありうる。

 

在日コリアンの民族名の使用状況

 以下は、2002年に実施された大阪市に住む韓国・朝鮮籍者に対する意識調査の結果である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつも民族名を名乗っている」と答えた人は全体の7.9%だったが、「ほとんど日本名を名乗っている」と答えた人は56.2%で、「日本名が多いが、ときに民族名を名乗ることがある」と答えた人を合わせると、恒常的に日本名を使用している人が81.2%を占めていることがわかる。

 

◇在日コリアンが日本名を名乗る理由

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本名を名乗る理由については、「生まれたときから使っているから」と答えた人は20代で多く見られ、次いで40代、60代と続く。また、「民族名で差別を受けた経験があるから」と答えた人は60代以上で増加する。

世代が若いほど「生まれたときから使っているから」という回答が多いことについては、「民族名だと差別をされる」「民族名で差別を受けた経験がある」という回答の増加する60歳以上の世代が、自分の子どもが差別を受けないように、日本名を名乗らせ表面上在日コリアンだとわからないようにしようとしたためではないかと考えられる。

 

 

 

◇民族名での就職について

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大阪府立高校に通った外国籍の生徒(回答者の97.7%が韓国・朝鮮籍)に対して行なった調査(大阪府教育委員会作成「在日外国人生徒進路追跡調査報告書」2000年)によると、民族名での就職は12.8%にとどまる。民族名から通名を名乗るようになった人への質問で、日本名に変えた時期については、半数以上が高校生入学以降と答えた。また、最も多い理由は「就職のため」(20%)となっている。

 以上のことから、在日コリアンが日本名を名乗るのは、日本社会に民族名を名乗らせない社会的な圧力が存在しているためであるといえる。

 

 

 

通名の歴史的経緯‐創氏改名

 在日コリアンが通名を使用するようになった重要な歴史的背景として、植民地時代の創氏改名政策がある。創氏改名は日中戦争後に強化された皇民化政策の一環として実施されたもので、朝鮮人の姓名を日本式の氏名へ変えさせるという政策である。その最も重要な目的は、朝鮮固有の「姓」を同じくする血族集団中心の家族制度を解体し、日本式の「氏」中心の家族制度を導入して天皇への忠誠心を植えつけることであった。(※朝鮮での名前のあり方-日本と朝鮮の違い)

 朝鮮総督府により「朝鮮民事令中改正の件」はじめ関係法令が1940年2月11日に施行された。「朝鮮民事令中改正の件」により、日本民法の「氏」に関する規定が適用され、家の称号として氏をつけること、氏を設定して施行から6ヶ月以内に届け出ること、届出がない場合は戸主の姓を氏とすることなどが定められた。また、「朝鮮人の氏名変更に関する件」により、改名の手続きと氏届出期間終了後の氏の変更手続きが定められた。そして、朝鮮戸籍令の改定によって、朝鮮人の戸籍上の本名は「姓名」から「氏名」に替わり、従来の姓は「姓及本貫」欄に記載することになった。

 政策の施行当初、創氏の届け出をする者が非常に少なかったため、総督府は申告しない人々に次のような圧力を加えた。

1.創氏をしない者の子女に対しては学校への入学・進学を拒否する。
2.創氏をしない児童は日本人教師が理由なく叱責・殴打するなどして児童の哀訴によってその父母が創氏するようしむける。
3.創氏をしない者は公私を問わず総督府の機関に一切採用しない。また現職者も漸次免職措置をとる。
4.創氏をしない者に対しては行政機関にかかるすべての事務を取り扱わない。
5.創氏をしない者は非国民もしくは不逞鮮人と断定して、警察手帳に登録し査察・尾行を徹底すると同時に、優先的に労務徴用の対象者にする。あるいは食料その他物資の配給対象から除外する。
6.創氏しない朝鮮人の名札がついている荷物は鉄道局や運送業者が取り扱わない。
(宮田節子・金英達・梁泰昊:『創氏改名』 明石書店/1992)

 最終的に、1940年2月から8月の届出期間中に全戸数の約8割が氏の届出をした。氏の届けがなかった者については法令にしたがって戸主の姓が氏となった。

 

 

 

解放後の創氏改名の処理

 

◇南北朝鮮における創氏改名の処理
 創氏改名は朝鮮民衆の民族的自尊心にとって許容しがたいものであり、解放後すぐに創氏名を捨てて元の朝鮮名を使うようになった。日本名の表札を朝鮮名に戻したり、報道記事において創氏名を使わなかったり、学校などで名簿の訂正が行われたりした。法的処理はしばらくの間手付かずであったが、朝鮮半島南部では1946年10月23日「朝鮮姓名復旧令」が米軍政庁によって公布・施行され、創氏名は無効となり、朝鮮名が回復された。

 ソ連軍占領下の朝鮮半島北部では、創氏改名は「朝鮮固有の民情と条理に符号しない」ため関係条例は効力を失うものとされた。1946年4月までに司法局は北司例第三号「戸籍および寄留事務に関する件」を公布し、戸籍上の創氏改名に関する記載を排除するよう指示した。

 

◇在日コリアンの通名使用の定着
 解放後、朝鮮半島では創氏名の使用がなくなった一方、日本に留まり定住した在日コリアンの多くは引き続き日本的な通称名を使用した。在日コリアンへの差別・偏見が根強い日本社会で朝鮮名を使用することによる不利益を避けるため、日常生活における日本名の使用が定着したといえる。

 法制度上の取り扱いでは、1947年5月2日に公布・施行された「外国人登録令」で、在日コリアンは「当分の間、これを外国人とみなす」とされ、「外国人」として登録しなければならなくなった。そして、同年12月21日付けの内務省調査局長通達によって、本名以外に日常使用する通称名を氏名欄に併記または備考欄に記入することとされた。通称名の使用は法的な強制ではなく、また通称名を使用している場合に必ずしも併記登録する必要はなかったが、多くの在日コリアンの間で通称名の使用は慣習化された。

 

 

朝鮮での名前のあり方‐日本と朝鮮の違い

<日本人の身分標識・名前の構造>
「氏 + 名」
・氏は同一戸籍の家族集団の名称である。
・婚姻や養子縁組などによって戸籍を移動すると、入った戸籍の氏に変わる。

<朝鮮人の身分標識・名前の構造>
「本貫 + 姓 + 名」
・本貫は先祖の発祥地名を表し、戸籍(2008年以降は家族関係登録簿)に記載される。
・伝統的な朝鮮の家族制度の下では、姓は父親の姓を引き継ぎ、一生不変のものである。婚姻によっても変わることはない。

 日本では日常用語では「氏」・「姓」・「苗字(名字)」が同じ意味であり、法律用語では「氏」「氏名」が使われている。一方、朝鮮では日常用語・法律用語ともに「姓」が使われており、「氏名」とは言わず「姓名」と言う。「氏」という言葉もあるが、「姓氏」といえばそれは同族の宗(父系血統集団)のことを指す。例えば「朴氏」は朴の姓を持つ宗族集団という意味になる。また、朝鮮では、姓の前に本貫(ポンガン)が付く。本貫は一族の先祖の発祥地を表し、姓との組み合わせにより宗族を識別するものとなる。

 

在日コリアンの通名の例

 在日コリアンの通名の姓にはいくつかのパターンが見られる。(ただし、これらに当てはまらない場合もある。)

 (1)朝鮮の姓に一字を加えて複字姓にしたもの、(2)本貫の地名をそのままとったもの、(3)姓の漢字を分解して再構成したもの、(4)朝鮮の姓を日本読みにしたものなど、数種にわたり存在する。

 <例>
 (1)金-金本、金田 張-張本、安-安田
 (2)金海金-金海、光山李-光山、平山申-平山
 (3)黄-共田、崔-山住、朴-木下
 (4)呉(お)-呉(くれ)、柳(ゆ)-柳(やなぎ) 等

 

現在の通称名使用に関わる制度の実態

外国人登録証明書における氏名欄の通称名の併記:
→日常使用している通称名があれば、括弧書きまたは備考欄に併記する。

上記における登録通称名の法的有効性:
→外国人登録証明書に併記された通称名が登録済書や印鑑証明書によって公認され、公的な登記や預金名義・契約名義に使用することができる。すなわち、第二の法律名として機能している。

通称名の扱い・変更:
→厳しい審査はなく、(1)勤務先又は学校等の発給する身分証明書、(2)不動産登記書、(3)通称名で受領した郵便封筒等(1958年9月15日付法務省管登第4687号)を立証資料として持参すればよいとされている。

 

日本国籍取得における名前の問題‐日本名の強要

 日本国籍取得(帰化)許可の申請書には、「帰化後の氏名」を記入する欄があり、従来法務省発行の帰化申請の手引書では、「帰化後の氏名は自由に定めることができるが、氏名は日本人としてふさわしいものにすること」とされてきた。現在は、民族名での帰化を受け付けており、日本的な名前にする必要はない。しかし、帰化許可申請書には「通称名」欄と「帰化後の氏名」欄があり、法務省作成の申請書の記入例には「帰化後の氏名」欄に日本的な名前が記載されている。事実上、日本的氏名による日本国籍の取得が奨励されているといえる。

 また、帰化後の氏名に使用できる文字は、原則として常用漢字表及び人名用漢字表に記載されている漢字、カタカナまたはひらがなである。現在、「金」「朴」「李」「鄭」「韓」「劉」「宋」などは使用できるが、「姜」「崔」「趙」「尹」などは使用できない。

参考:
法務省ウェブサイト
「帰化許可申請」記載要領・記載例 http://www.moj.go.jp/ONLINE/NATIONALITY/6-2-1.html
「人名用漢字表」 http://www.moj.go.jp/content/000058122.pdf

文部科学省ウェブサイト「常用漢字表」 http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/pdf/jouyoukanjihyou_h22.pdf

 

帰化後に民族名を使用する動き

1. 朴実氏の場合

 1944年に京都市東九条で生まれた在日2世の朴実(パク・シル)氏は、日本人女性との結婚に際し、1970年4月に京都の法務局へ「帰化申請」をやむなく行なった。「帰化後の氏名」については、法務局の係官に「従来の通名でもよいし、全く新しいものでもよい。片仮名でもよい。但し、『日本的氏名』にして下さい」と念を押された。何度も法務局に呼び出されながら煩雑な書類提出の手続きを行った末、「新井実(あらい みのる)」の氏名で日本国籍を取得した。しかしその後、子どもが生まれ、自分自身の人生について悩み、葛藤を経て民族名を取り戻して生きたいと考えるようになった。

 1984年4月、京都家裁に氏変更申し立てを行ったが、「単なる「民族意識、民族感情」にしかすぎない」という理由で却下された。しかし、2年後の2回目の申し立てで許可が下り、朴実氏は民族名を取り戻した。

 初回の不許可審判文では、「『新井』『朴』の氏の二重性の存在」は朴氏が自ら作為したものであって、「朴」姓を名乗ることの「やむを得ない事由」には到底該当せず、「民族意識、民族感情」でしかない、「新井」姓を選択したことは、「他から干渉を受けることなく、自らの意思」によるものであるとされた。一方、許可審判文では、帰化許可申請の手引書の記載から「何らの考慮の余地もなく」「新井」姓を選ばされた旨の文言がある。このことは、「日本的氏名」の事実上の強制が存在していたことを暗に意味している。

2. 孫正義氏の場合

 1957年佐賀県生まれの在日3世である孫正義氏は、事業家として成功した後、1990年に将来の経営を考えて日本国籍を取得することにした。当初、「孫」という名字が日本人にはないという理由で日本人風の名前にするようにとの指導を受けた。しかし孫氏は名前を変える気はなかったため、日本人の妻に裁判所で「孫」という姓に変更する手続きを取らせた上で、帰化申請を行った。日本人でも「孫」という姓を名乗っている人(孫氏の妻)がいるとして、民族名のままで日本国籍取得許可を得ることができた。